キロちゃんのケアル - 5/5

キロちゃん

 

 ラグナやウォードと出会う前に私がいたのは、九十三連隊という、暗殺や制圧などを主任務とする特殊部隊だった。過酷な戦場に送られることも多く、隊員たちはみな屈強で、他の部隊から恐れられていたように思う。
 だがいざ任務を離れれば、彼らは陽気で愛情深く、年少であった私の世話をあれこれと焼いてくれた。一部ろくでもない隊員もいたが、多くが素晴らしい戦闘員であり、人間的にも尊敬すべき先輩たちだった。
 疑似魔法技術というものがガルバディアに入ってきたのは、そのころのことだ。ガ軍でも早速訓練に取り入れられることになり、全員が講習を受けることになった。火や氷などを使う攻撃系の魔法に、治癒や支援のための魔法。当時は後方部隊や衛生兵の習得すべき技術とされていたので、気乗りしないながらも、義務として講義を聞いていた。そして実技訓練に移るための適性検査を受けたところ、あろうことか適性ありの結果が出てしまったのだ。
 特にプラスになったのは治癒魔法の値で、私は衛生班への転属を打診された。冗談ではなかった。九十三連隊は、いわば軍のエリートだ。大半が入隊試験で落とされる狭き門で、そのぶん給与も他と比べてかなりいい。そのころ私は家族に仕送りをしていたので、血の滲むような訓練を経て掴んだ地位を捨てるなど考えられなかったし、また戦闘任務も自分に向いているように感じていた。だから当然辞退し、軍もそれを受け入れた。衛生兵を一人育てるより、特殊部隊の規格を満たす隊員を育てるほうが手がかかるため、そんな我儘を許してもらえたのではないかという気もしている。
 その代わり一般講習の先の専科講習までは受けるようにと言いつけられ、隊の任務から離れて渋々参加して「ケアルには冷たいケアルと温かいケアルがあります。冷たいケアルがいいケアルです」なんてよくわからない講義を聞かされた。うんざりしつつなんとか課程をこなし、ケアルやエスナといった初級魔法の使いかたを覚えて隊に戻ると、物珍しかった疑似魔法を見たがる先輩たちが我先にと群がってきた。「シーゲル、ささくれできたからケアルしてくれ!」「シーゲル、古い牛乳飲んじまった、エスナたのむ!」など。面白がって次々とかけられるお願いの言葉を一通り聞いたあと、私が言ったのは「いやです」の一言だった。
 もちろん任務に就けば、誰もそんなふうに茶化さなかった。必要なシーンがあれば、私も身につけた技術を提供した。だが私自身は衛生兵になった覚えはなかったので、戦闘任務で前に飛び出しては、先輩たちに「おまえは後衛で待機!」と叱られるのが不服だった。今思えば、まだ十代だった私に命を落とさせまいとする思惑があったのかもしれない。
 それから紆余曲折あってラグナやウォードと班を組むことになり、彼らは私のその技能について詳しくは知らなかったので、私はのびのびと任務をこなすことができた。また知られた後も、必要以上にその役割を押し付けてくることはなかった。やがて私もむきになるのを止めて素直になって、彼らを助けられる技能を身につけられたことを喜べるようになった。特によかったと感じたのは、セントラでの負傷ののち、ラグナによって海に投げ込まれた後のことだ。船に拾われたとき、ウォードは死にかけていた。私の治癒魔法ではそれを癒やすことはできなかったが、命を繋ぐ役には立った。ただあのときもっと力があったなら、彼が声を失うことはなかったのではないか──
 そんなふうに思うことを、誰にも打ち明けていない。ウォードも、それを聞いた誰かも気を遣うだろう。だから表向きは、ちょっとした興味と気まぐれ。軍を辞した後も民間の研究室の講座を受けてみたり、エスタに来てからはオダインの研究に協力してみたりして、少しずつできることを増やしていった。
 使う機会なんてないほうがいい。あったとしても、捻挫や火傷、酒酔いを癒やすくらいがいい。ささくれの痛みを取るくらいになったならもっといい。
 でも、念には念を入れて。

「ケアルガ、アレイズ、エスナ……こんなところかな」

 今朝も一通りのトレーニングをしてから部屋を出る。今度こそ、大切な人たちを守るために。

 

おわり