キロちゃんとスコール
エルオーネには茶化されたが、よく考えると一理ある。そういうわけで、人手が足りず誰もが慌ただしく動き回っている執務室に足を運び、開口一番に言った。
「遊んでくれ」
言われた当人は気味悪そうに眉を寄せている。失礼な。
「なんの話かな」
「言った通りだ、退屈してるんだ」
招待されて来たものの、目的の漠然としたイベントはどう振る舞えばいいのかわからない。誰かの誕生日とか記念日ならばまだしも、仮装してお菓子をもらいまくるイベントなど、コミュニケーション能力の低い自分では間が持たないのだ。
人を呼んでおきながら、ラグナやエルオーネは俺をほったらかしにして、街の人たちと楽しげに騒いでいる。まあいい、これまで好きなように生きられなかったエルオーネが笑っているのを見るのは、俺にとってもうれしいことだから。それはそれとして、身の置き所がないのも事実。武闘大会的なものがあると思って気合を入れて外泊の許可を取ってきてしまった手前、違いましたと言ってすごすごとガーデンに戻るのも癪だ。
「忙しいんだ。どこぞの誰かが遊び呆けている間も、国の機能を停滞させるわけにはいかないのでね」
「あんただって仮装してるだろう」
「法律だよ。職務に支障を来たすなどやむを得ない事情のない限り、今日は仮装をしなければならないことになっているんだ」
「馬鹿げてる」
「どこぞの誰かに言ってくれ。暇なら資料室でも行ってみたらどうだい。最新VRのプラネタリウムがあるよ」
「星に興味があるとでも?」
ひょいと肩を竦めたところをみれば、その台詞が適切ではないと自覚したのだろう。最新VRの戦闘施設を使わせてくれるなら気持ちも揺らいだが、あいにく宇宙に放り出される体験は間に合っている。
「手伝うから早く仕事を終わらせて遊んでくれ」
「お言葉だが、国家の機密を他組織に所属する人間に委ねるわけにはいかないよ」
「じゃあここで見てるから早く仕事を終わらせてくれ」
「最近だんだん図々しくなっているんじゃないか?」
言い返そうとするのを、笑い声に阻まれた。これまでじっと聞き耳を立てていた事務官たちが、くすくすと肩を震わせている。
「シーゲル補佐官、ここは大丈夫ですから、外の空気でも吸っていらしたら?」
「いや、もう少しでこの仕事が終わるから、後にするよ」
「でも朝から休憩を取っていらっしゃらないでしょう? たまには気晴らしもなさらないと」
「休んでいないのか? 作業効率が落ちるんじゃないか?」
「君に言われたくはないね。だいたい、君と遊んでいては休憩にならないだろう」
「事務仕事ばかりでは体が鈍るから適度に動くべきだと思う」
今度は盛大に笑われる。無愛想な俺が駄々を捏ねるのが面白いらしい。なんとでもいえ。
いつまで経っても引かないことを悟ったか、諦めたように溜息をついている。
「何がしたいんだ?」
「模擬戦がいい」
「本当にそればかりだな。観光したいとか、美味いものが食べたいとかはないのか」
「特に見るところはないだろう」
「よその国に対する素晴らしい批評だ」
「それに、夜になればどうせ食べ物が出る」
「まあ、否定はしないが」
エスタに来てご馳走責めにされなかったことはない。ガーデンの食堂のように栄養バランスを盾に野菜を強要されることもなく、思う存分肉を食べても許されるのが気に入っている。ラグナはもちろん、エルオーネも料理好きだ。二人が腕をふるった食卓を囲むのは、幼いころのやり直しをしているようで、気恥ずかしくも嫌いではなかった。
だが、ラグナやエルオーネと模擬戦をしたいとは思わない。適材適所というやつで、これをするならこの人と、というようなカテゴライズは、多くの人が考えることなのではないかと思う。
戦い以外の道を選べなかったのは確かだが、もともと体を動かすことは好きなほうだ。面倒な任務が関わってこなければ、武器の改造も含めてバトルそのものは楽しいと思う。エルオーネの接続で過去に飛ばされていたときは、不測の事態を前にしてそれどころでなかったものの、後になって、もっとしっかりこの人たちの戦闘技術を見ておきたかったと悔やんだ。中でもリーチの短い武器を使うこの人の戦い方は、俺の戦いにも通じるところがある。近くで見られる機会があるなら逃したくない。
視線で促され、気分よく後について行った。この国にも当然訓練施設はあるが、流石にこんな日はガラガラだ。というよりも、国民的イベントの開催日ということで閉鎖されているようだった。それでも補佐官の権限があれば使用できるのだろう、入り口と整備室のようなところでいくらかパネル操作をしただけで、速やかに照明と空調が動き始めた。
がらんとしたホールに足を踏み入れ、動きにくそうな上着を脱ぎながら、キロスは言った。
「武器はなし、徒手のみ。それでいいかい」
「G.F.は?」
「好きにどうぞ。どちらにしろ、このホールにはアンチマジックフィールドが設定されている」
魔法を使うことはできないようだ。しかしジャンクションを許されたところを見ると、こちらが肉体機能を上げても負けるとは思っていないということだろう。ムカつく、わくわくする。
G.F.の副作用を知ってから、過剰なジャンクションは止めた。だがSeeDの戦法はG.F.に頼る部分も多く、完全に廃止するにはある程度の移行期間が必要だ。突然のトラブルに対応するためにも、常に最低限のジャンクションの備えはしてあった。
この感覚をどう説明すれば伝わるのか。疑似魔法を使う対象に対して意識を集中すると、相手がどういう系統の魔法を得意とするのか感じ取れる。既知の魔法なら確実だ。そういえば、前に訓練施設のテストに付き合ってもらったときは、わざわざ《視よう》としなかった。現代において戦闘員はみな、ある種の嗜みとして少しは疑似魔法を使う。きっとこの人だって。
一定の距離をおいて向かい合い、いざ身構える段になって、急に興味が出てきてしまった。まったく情けないことにそちらに気を取られ、《視える》事実に驚いた一瞬の隙を突かれて、あっという間に床に転がされていた。
「……いくらなんでも気を抜き過ぎでは?」
ひっくり返った俺の腕を掴み、呆れ顔で見下ろしてくる。俺はたちまち不機嫌だ。スタートの合図もなしに始めるなんて卑怯じゃないのか……言いがかりだとは承知の上。戦闘行為は掛け声で始まるものじゃない。ぼけっとした俺が悪い。拗ねてみただけ。
「やる気がないなら終わりにしよう」
「いやだ、まだやる」
「じゃあもう一本だけ」
腕を引かれて立ち上がろうとして、足首に痛みを感じ、尻もちをついた。受け身を取り損ねたからだろう。あまりのみっともなさに声も出ない。
「痛めたのか」
「…………」
「見せてもらうよ」
ほっといてくれ、は間に合わなかった。あっという間にしゃがみこみ、服の裾を捲って右の足首を晒される。まだ腫れてはいないけれど、そのうち熱を持ってきそうな感じだ。
戦闘員にしてはごつごつしていない長い指が触れると、ひんやりとした感覚ののち、違和感は完全に消えていた。恐る恐る立ち上がってみても、特に痛みは残っていない。
むすっとして礼も言わないのに気を悪くしたふうでもなく、キロスは首を傾げて聞いてくる。
「他に痛めたところは?」
「……ずるい」
「は?」
「なんでもない。どこも痛くない。早く構えてくれ」
「わかったよ」
結論からいうと、その日の模擬戦は「私が負けでいいからもう止めよう」という言葉で一方的に終わらせられてしまった。
徒手の格闘術を若干サボっていた俺が一本も取れなかったのは仕方のないこととして、G.F.もなしに、強くて器用で魔法も使えるなんて、ずるい。悔しい……このままじゃ気がすまない。また遊んでもらうからな、絶対だぞ。