キロちゃんとラグナ
いつも後になって後悔する。ん? 後にするから後悔っていうのか? 後悔先に過ぎず? なんか違う? 何でもいいや。
めちゃくちゃ酒に弱いわけじゃないけど、疲れてるときは覿面に酔う、そういう体質だ。大々的にイベントを開催するために仕事を前倒ししようとして、ここ数週間は無茶なスケジュールをこなしていた。子どもが喜ぶ季節イベントは、ガルバディアでは馴染み深いものだったが、これまでエスタには持ち込まれていなかった。あえて広めようとしなかったのは、本当に喜ばせたい子どもたちがそばにいなかったからだ。
今年になって唐突に国民の休日にしたいなんて言い出して、もちろん良い顔はされなかった。非科学的なものをあまり信じないエスタ人の国民性から、悪霊を寄せ付けないようにするためのお祭りと言われてもピンとこなかったに違いない。
一人で騒ぎ立てるオレを見て、呆れながらも味方になってくれたのは、やっぱり古くからの仲間たちだった。いろんな手回しをして、オダインにまで「悪霊がいないとは一概には言えないでおじゃる」なんて言わせて、無理やり準備を進めた。魔女との戦いを経て国交が回復した今だからこそ、他国の文化を取り入れよう!……もっともらしい演説をしてみたり。
いざ当日になってみれば、足は攣るわ、思っていたことの半分も言えないわ、間をもたせようとはしゃいで酒ばかり飲むわ。挙げ句の果てにソファで沈没して、今はひどい頭痛と気持ちの悪さに苦しんでいる。どこをどうとっても自業自得。
水でも飲みたいところだが、動き出すのも億劫だ。溜まっていた疲れがすべて重力になっているようにも感じた。気に入りのソファに吐かなかっただけでもよしとしよう。
目を閉じてただただ手足をクッションに預けていると、額に何かが触れた。冷たくて気持ちが良い。この感触には覚えがある。手のひら、それから今までに何度も世話になった、不思議の力。
ぼんやりと瞼を開ければ、ソファの傍に膝をつき、こちらを覗き込んでいる目と目が合った。
「起こしたかな」
「んー、おきてたよ……エルとスコールは?」
「さっきまでお茶を飲みながら話していたが、もう部屋に戻った。スコールくんは客室に」
「おこってた? オレ、ぐだぐだだったろ」
「正確に言うと、笑い転げていたな」
額に置かれていた手のひらは、そこに居座っていた割れるような痛みを和らげてから、今度は胸の辺りに当てられた。胃袋ごと洗いたくなるほどの不快感がすうと凪いでゆく。これでは手のかかるでかい子どもだ。戦いのために身に着けた技術で、酒酔いの後始末までさせるとは。
前にもこんなことがあって、自己責任なんだからわざわざ魔法なんて使わなくていいと言ったのだが、「効果がないならともかく、使えるものを使わないのはもったいないだろう」とさらりと返されてしまった。そういうものなんだろうか。兵士時代のオレには適性があんまりなかったので、癒やし手の心境というものが未だにわからずにいる。
「どうだい、少しは楽になったかな」
「ん、もうぜんぜんへいき。サンキュー」
「片付けは済んでいるから、今夜は休むといい。シャワーは明日の朝にして」
「そうすっかぁ……」
「二人とも高級ホテル並のモーニングを期待しているようだったから、早起きするように」
あれだけ食べたっていうのに、まだ食べる話をしていたのか。オレの若いころだってあんなに食べられたかどうか。今時の若者は食が細いなんてウソだ。
でも、そんな小さな約束がうれしい。夕食を一緒に囲み、朝食を一緒に取る。それは届かなかったひとつの光景だ。明日こそ、食後のコーヒーを飲みながら、喋りすぎないで、大人しくあいつらの話を聞くぞ。
……いや、たぶん無理だろう。ちょっとは黙ったらどうだと言って、間を繋いでくれる誰かがいなくては。
「な、四人分作るから、おまえもな」
背中に声をかければ、わかったように笑って、「おやすみ」の一言。言い換えれば、「もちろん、喜んで」
すっかり気分がいい。泥のような疲れは薄れ、心地よい眠りの気配がする。いろいろあったけど、今日もオレらしく過ぎていった。これでいい。おやすみみんな、また明日。