4.スコールと
「バトルはしないよ」
先制しておこうと思って言った言葉に、スコールは本気でハテナを掲げている。しまった、藪蛇だったか。
「してくれるなら……」
「しないと言っただろう。今日の付添は君ということだな」
「…………?」
「昨日はエルオーネだった。私が仕事をしないように見張ってくれるそうだが、違ったかい?」
わざわざ遠方から訪ねてくれてありがたいことだ。殺人的なスケジュールをやりくりするのは大変だったのではないか。特別な縁のあるエルオーネやラグナのためならまだしも、貴重な休日を私のために使わせるというのは申し訳なくも感じる。
私の問いかけを聞いたスコールは俄に慌て、落ち着かない様子だ。
「そ……そういう意味だったのか……俺はてっきり……その、勘違いをして……」
「どんなふうに?」
「カウントダウンとともに順番にプレゼントを渡していくのだと思って……用意してしまった」
「それはうれしいね、ありがたくいただこう」
昨日の外出は、エルオーネからのプレゼントと解釈している。私は好きな映画館で観たかった映画を観られたし、買い物をして喜ぶエルオーネを見守っていられた。もともとシティの外での活動が多かった私は、他のみなに比べてあの街に息苦しさを感じている。外に連れ出してもらえる良い機会だった。
それはそれとして、贈り物をしてもらえるならもちろんうれしい。プレゼントそのものだけではなく、あれがいいだろうか、これはどうかと考えてくれた時間も合わせてギフトなのだ。
ラッピングされた小箱をそわそわと持ち出してきたスコールは、それが私の手に渡る直前に、我に返ったように言った。
「あっ……こ、これは、断じてそういう意味じゃない、変な意味じゃないんだ」
「この箱の大きさとその反応で予想がつくよ。そうとは受け取らないから安心してくれ」
「一目見て気に入って……」
くつくつ笑いながら丁寧に包装を解き、中の小さなジュエリーケースを取り出した。このサイズで中身が別のものだったら驚きだ。想像していた通り、入っていたのは蛇を象ったシルバーリングだった。以前私が彼の誕生日にシルバーのバングルを選んだことへのお返しのつもりだろう。
だがあれは、彼がシルバーアクセサリーを好むからこその選択であって、自分が身につけるものに選ぶことはない。ゴールドのほうが肌に合うからだ。
相手に似合うかどうかということより自分の良いと思うものを優先するのが、年相応に子どもらしく、微笑ましい。それに、自分で選ばないものは、言い換えれば新鮮ということだ。
「中指かな」
「人差し指でもいいと思う」
「そうしてみよう」
指に填めてみると、僅かに緩い。フリーサイズのようだから、あとで調整したほうが良さそうだ。
根元から指先に向けて絡みついた蛇の姿は、その色もあってか、蠱惑的というよりは、どことなく神聖に感じる。手の甲を向けて「どうだい」と問いかけると、スコールは満足げに頷いた。
「いいな」
「ありがとう、気に入った。プライベートでつけさせてもらうよ」
「ああ……そのデザインだと、バトルのときには邪魔になりそうだしな」
「バトルをするつもりは当面のところないんだがね」
ケースに戻してしまうのも名残惜しく、ひとまず空のまま蓋を閉め、ちらりと時計を見た。そろそろ正午という時分、今日という日を締めくくるにはいささか早すぎる。
「まだ時間はあるのかな、急いでいるかい?」
プレゼントを渡すだけと思ってスケジュールをやりくりしてきたなら、とんぼ返りしなければならない可能性もある。だがスコールは首を振って答えた。
「いや、今夜中にガーデンに戻ればいいことになっている」
「なら夕方までは余裕があるか。どうかな、君さえよければ、たまには一緒に食事でもしないか」
彼と二人きりで食事をすることはない。いつもエルオーネやラグナを挟んだ関係だからだ。彼の望みで戦闘訓練に付き合ったこともあったが、食事というプライベートな空間をともにするほど親密ではなかった。
しかしランチならばディナーよりも気軽だし、誕生日を理由にすれば許されるだろう。
「俺はもちろん構わない」
「何がいい? 私の奢りだ」
「それはおかしい。あんたの誕生祝いだろう」
「君が高給取りだということは良く知っているが、普段、年上としてご馳走する機会がないんだよ。我儘に付き合うと思って」
「それなら、なんでも食べるが……」
「が?」
「食後の腹ごなしに」
「バトルはしないよ。まあ……組手くらいならいいけど」
劇的な変化でなくとも、その表情が明るいほうに変わったのは喜ばしいことと言えよう。正直若者の体力に付き合うのはそろそろきついのだが、相手にしてもらえるうちが花というもの。
リクエストに答えて肉をたらふく食べさせ、訓練所で少しだけ体を動かして、夕方、バラムに帰る背中を見送るとき、気になる言葉を聞いた。
「それじゃあ、また当日」
「当日?」
「……聞いていないのか?」
しまったとでも言いたげに顔を顰め、すぐに取り繕った彼は「機密事項だ」と告げて、逃げるように去ってしまった。
当日というのは、誕生日当日のことだろうか。サプライズパーティーはないからね、とエルオーネに念を押されている。彼女はそういう嘘をつくタイプではないから、当日のスケジュールがパーティーでないのは確かだ。
いったい何がどうやって、スコールが関わってくる?……皆目見当がつかないが、それもまた楽しい。どうせアテのない休暇だ。与えられるイベントを盛大に楽しもう。きっと悪いことは怒らない。やってくるのは、小さくかけがえのない幸せだけ。
つづく