特別な出来事があったというわけではなく、仕事もいつもと変わりばえしないはずなのに、年末は何故か気忙しい。決して快適とはいえないアパートだが、自分の家に帰ってきたと思うと、安心からかどっと疲れを感じる。
うう、とかああ、とかおやじくさい唸り声を出しながらジャケットを脱ぎ、ネクタイを外せば、当然のようにセシルがそれを受け取ってハンガーに掛けた。母親を早くに亡くしてずっと家事を任せきりだとはいえ、二十歳になるかならないかの花の盛りの妹を古女房みたいに扱うのもどうかと思うのに、どうしても深夜の帰宅後のこの構図を崩すことが出来ない。
「お風呂とご飯、どっちが先?」
「……風呂かな」
まるきり夫婦の会話だが、これもいつものことだ。しかしいつもならすぐに支度にかかるセシルが、ハンガーを物干しに掛けることもせずにぽつんと佇んでいる。何か悩み事があるのだ。仕事から帰って来た夫に妻が相談事を持ちかけるように、妹からの相談事は大抵このタイミングでされる。
日々の暮らしに関することなら、クラウドが決めてクラウドの方から妹に伝えるし、セシルは兄の決定にまず反対することはないから、この場で話し合いになったことはない。こういう顔してセシルが切り出すことといったらだいたいが深刻なことで、寛ぎの風呂が遠ざかったことを感じながらも、クラウドは厳しい表情で妹に向き直った。なにしろ前に相談されたことの中には、干していた下着の数が合わないだとか、バイト先の店長がよく腰周りを触ってくるとか、同級生に押し倒されそうになったとかとんでもないことが混ざっていて、こともあろうかその危険性を本人はあまり良くわかっていなかったりするのだ。その度に責任感溢れる長男は青ざめ、寝ている弟二人を叩き起こして夜中に緊急会議を開き、自宅周りと妹を厳重に警備した。綺麗な女きょうだいを持つと、苦労も人一倍多いものだ。
「……何かあったのか?」
相手から言い出す気配がないのでこちらから聞いてみる。セシルは憂いに満ちた眼差しで、うん、と頷いた。
「ティーダの……」
「ティーダの?」
「ティーダの成績がものすごく落ちていて……びっくりしちゃって……」
良かった、今回は悪い虫を引っ掛けてきたとかいう類の問題ではなさそうだ。
本当に良かった。あらゆる悪い想像に比べれば、ティーダの成績低下だなんて、たいした事件ではないように思えた。
「ティーダの成績が良くないのは、いつものことだろう」
「ティーダはやれば出来る子なんだよ、なのにサッカーばっかりであまり勉強をしないから……」
「そのうちやる気になるだろう、放っておけばいい」
「でも……」
これまでもティーダの勉強に対してはそのような扱いだった。セシルの言う通り、やれば出来る子だが、やらなければ当然出来ないわけで、成績が良かったのといったら「次のテストで八十点以上取らなかったら部費を出してやらない」宣言を出した時くらいだった。まあ、サッカーに打ち込んで朝から晩まで走り回って、泥だらけになって帰ってくる末っ子だから可愛いのであって、無理矢理勉学に勤しんで欲しいとは思ってはいない。
それはセシルもわかっているはずなのに、今日に限ってまだ何か躊躇っている。もしかしたら相談事は二段構えで、これから悪い虫がどうとかいう話が出てくるのではあるまいな。
俄かに緊張したクラウドに向けて、セシルは顔を上げた。
「でも、本当にひどいんだよ。体育だけ五で……」
「……いつものことだ」
「家庭科が二で」
「……それぐらいなんだ」
「あとは全部一だった」
「…………」
悪い男関係ではなかった。だが、だが……
「……フリオニールとティーダを起こせ。家族会議だ」
九科目中七科目が一とはどういうことだ!
自分に無関係な内容で叩き起こされたと言うのに、フリオニールは怒らなかった。起こしに来た姉の表情で全てを悟ったらしい。家族会議だ。
家族会議の議題は姉か弟と相場が決まっている。姉の問題はいつも本人を寝かしつけた後、男三人でこっそり行われるのが常だから、今回はティーダが何かやらかしたのだ。
この時期に話題になるのは成績表のこと。ティーダが勉強しないのはいつものことだし、一応型通りに父代わりの兄のお叱りがあってお開きになるだろう。
だが起きてみるとどうも様子がおかしい。腕組みしたクラウドが渋い顔して座っている。冷静沈着を装っていながら意外と頑固親父のようなところがあるのが長男で、機嫌を損ねると面倒なことになるのだ……よっぽど悪い成績だったのだろうか?
眠い目を擦りながらティーダが「にいちゃんおかえり」とふにゃふにゃした声で言い、全員が揃って席に着くと、クラウドが無言で成績表をテーブルに置いた。セシルはもう内容を知っているようなので、自分の方に引き寄せて開いてみる。
「これは……」
綺麗に並んだ数字の一に驚いてティーダを見ると、本人はつまらなそうに頬を膨らませていた。
話を進めろとでも言うように、クラウドがセシルを見る。だがこういう時、姉はあまり発言出来るタイプじゃない。縋るように見つめられて、結局はフリオニールが話を切り出した。
「ティーダ、これはどういうことなんだ? いつもはもうちょっといい成績だろう?」
「家庭科はさあ、実習は楽しいんだけどレポート書かなきゃなんないのが面倒でさあ。あ、提出したエプロン、姉ちゃんが作ってくれたのバレちゃった。ごめん!」
「セシル……」
クラウドが厳しい目で見るので、可哀想にセシルは身を竦ませて俯いた。これに関してはフリオニールは何も言えない。フリオニールも中学時代、エプロンもキッチンミトンも(真面目な性格が災いして)期限までに作れず、姉に作ってもらったものをこっそり提出している。彼の場合は日頃の行いの成果か、誰にもばれなかったが。
「か、家庭科はいいとして……他の教科だ。音楽と美術は?」
「音楽は歌のテスト暗譜しなかったし筆記全然出来なかったし鑑賞会寝てたら怒られた。美術はサボって彫刻提出してない。あ、体育はいつも五だろ!」
「それはそうだけど……」
長兄の眉間の皺が一層濃くなっている。まずいことに、ティーダの一声を聞くごとに深まって行くらしい。
この調子だと、五教科にまで話を及ばせない方が賢明のようだ。
「と、と、ともかく、さすがにこれはまずいぞ。しばらく休みなんだから少し勉強した方がいい。今は部活もないだろ?」
「えー、勉強しろったって、授業聞いてないからどこ勉強したらいいかわかんないって。フリ兄が教えてくれんならやるけど」
「俺は、駄目だよ……年末年始は郵便局のバイト入れちゃったんだ。生活費の足しにと思って。兄さんと姉さんは?」
二人は揃って首を振る。
「俺は元旦以外仕事だ」
「キャンペーンガールのバイトがあって……」
「待て、そのバイトとやらについては後でじっくり話を聞かせてもらうぞ」
眉間の皺を一本増やしたクラウドがすかさず口を挟んだ。フリオニールも、それについては詳しい話を聞いておきたいところだ。また後でストーカー騒ぎでも起きたら困ったことになるのだから。
それはそうとして、誰もティーダの勉強をじっくり見てやれないのだから、ここは本人に頑張ってもらうしかない。しかし一人にしておいて、この末っ子が真面目に机に向き合うとは到底思えないし……
「家庭教師、か」
クラウドが苦虫を噛み潰したような顔をして呟いた。家庭教師に嫌な過去があるわけではない。というより、嫌な過去など持ちようがない。家庭教師を頼む余裕などこの家にはないからだ。
これに対してはティーダも慌てた様子を見せた。末っ子だって、我が家の台所が苦しいことは重々承知だ。
「や、いいって、自分で勉強するって!」
「勉強に関してお前は信用出来ない。」
「でも、そんな金家にはないだろ!」
「まったく貯蓄がないわけではない。この休み中ぐらいならなんとかなる」
「でも、兄さん……年末年始に来てくれる家庭教師って、いるのかな」
セシルが首を傾げて言う。もっともだ、クラウドもじっと黙り込んでしまった。インターネットのひとつでも引いてあれば調べてみることも出来ようが、生憎パソコンもなければインターネットも引いていない。
事が大きくなってしまってしょげているティーダの横で、フリオニールは恐る恐る手を上げた。
「ひとつ、思い当たる人がいるんだけど……」
ミッドガル八番街ステーションでは、待ち合わせ掲示板というものが生き残っている。携帯電話が普及し人の行き違いが減った今、駅前掲示板は各駅からどんどん姿を消していったが、今でもこの掲示板には誰かへのメッセージが絶えない。そのうちのほとんどが若者の遊び心によるもので、下らないいたずら書きから気障な告白まで、内容は様々だ。
その中に埋もれるように、ある者への呼び掛けが混じることがある。するとその翌日の十九時きっかりに、掲示板の前に彼は現われる。
その者はあらゆる学問を究め、数々の秀才を世に送り出してきた。人は彼をこう呼ぶ……伝説の家庭教師、チューター・オブ・ライト、と。
一体何をお出しすればいいんだろうとぎりぎりまで悩み続けていた姉をバイトに送り出し、ティーダはその者の訪れを待った。
伝説の家庭教師……そいつのことをティーダは信用していない。根なし草で一匹狼、連絡手段が駅の掲示板だなんて明らかに怪しいではないか。
それだけではない。そいつは何故か金を取らないというのだ。その代わりの条件をティーダは知らない。フリオニールが何やらこそこそクラウドに相談していて、長兄は難しい顔して頷いていた。お前は何も考えず勉強しろということらしいが、子供扱いされたようで腹立たしい。
約束の十三時、よっぽどすっぽかして逃げてやろうと思ったが、それでは兄の顔を潰すし、今度こそ本気で金のかかる家庭教師を頼むと言い兼ねない。とりあえずは一度会ってなんとかやり過ごすしかない。
玄関のドアを叩く音が聞こえた。この部屋にはチャイムは付いていないから、客はいつもあのようにしてドアを叩く。時間ぴったりだ、やつだろう。せいぜいもったいぶってゆっくり立ち上がり、出迎えに行く。
扉を開けると、スーツを着た男が一人立っていた。咄嗟に《伝説のなんとか》ではなさそうだと思ったのは、そいつが考えていたよりもずっと若かったからで、おまけに鼻に付くほど顔が良かったからだ。自分の兄二人もさぞかしモテるだろう美形だし、姉は言わずもがな、顔が良い人間には慣れている。だが男は、世が世なら王子様とでも評されるだろう正統派美形で、普通のスーツを身に纏っているだけなのに、どこか俗世離れしているような印象を受けた。
「……どちら様?」
若干躊躇って、ティーダは聞いた。
「時間通りだと思うが?」
男は答えた。間違いなく、こいつが件の伝説の家庭教師らしい。
出鼻を挫かれたようで複雑な気分になりながら、どうぞ、と招き入れる。男は律儀に頭を下げてから足を踏み入れ、案内されるままにテーブルについた。お茶はポットから注ぐだけの状態になっており、手作りの菓子も小皿に乗せられている。全て姉が準備して行ってくれたものだ。何を喋ればいいのかわからなくて無言のままそれを出すと、相手は礼を言って、ティーカップに口をつけた。
「……美味しいお茶だな」
「スーパーの安売りのやつだけど」
「例え安い茶葉でも、淹れ方によってその味は如何様にも変化するものだ。お茶の心を良くわかった方が淹れてくださったのだな」
姉が褒められるのは良い気分だ。鼻持ちならない美形だが、悪いやつではないのかもしれない。
「ところで、君がティーダか」
伝説の教師はカップを置き、言った。本題だ、ティーダは緊張して向き合った。
「君の兄のフリオニールから話は聞いている。成績表も見せてもらったが、あのようなものを見るのは本当に久方ぶりだ」
「……どーも」
「フリオニールは、君は出来るのに勉強しないだけだと言っていた。君を良く知る実の兄が言うのだからその通りなのだろう。それなら何故君は勉強しない? 何か特別な意味があるのか?」
「別に……特別な意味なんかない。ただ、サッカーやってると楽しくて……他の事に時間使いたくない、それだけ」
教師というものは説教や話し合いが好きだ。伝説の冠が付いても同じ類だろうとは思っていたが、こんな風に始まるとは予想外だった。まさか勉強をしないことに特別な意味を求められるだなんて。世の勉強嫌いの学生は、みな確固たる信念を持って勉強をしていないわけではなかろうに。
教師は顎に手を当て、じっと考え込んでいる。
「好きなことに時間を割きたいというのは悪いことではない。だが、嫌でも学校の授業の時間はやって来る。他の時間を全て好きなことに費やすとしても、その間だけでも勉強すれば、あのような成績にはならないと思うが」
「それは、正論だけど……授業はつまんないし、学校の勉強なんかしたって役に立たない」
「役立つものも、知らないものからは選べない」
唐突に格言のようなことを言うので、ティーダは眉を寄せて相手を見た。(その仕草は、長兄がするのとそっくりだった。)
「なんだよ、いきなり」
「君は今、サッカーさえあればいいと思っているだろう。それほどまでに打ち込めるものに出会えたことは幸福だ。だがそれが、数あるものの中から選び取ったものでないのなら、不幸とも言える。他の世界を何も知らないということになるからだ。
君が今学んでいることは、全ての学問のほんの入り口だ。多くの学生は無自覚に学んでいるが、今は選択の前段階であり、君が叩いた様々な学問の戸口の向こうには、将来の選択肢が何千と存在している。学校はそういう意味では、様々な学問の存在を知ることが出来る手っ取り早い場所とも言えよう。だが戸口を叩かなければ、その先に広がる世界は消える。君の選べる道は少なくなる。
授業がつまらないのは君の責任ではない。それは教師やテキストに問題があるのだろう。だが、勉強をしないことに特別な理由がないなら、今の時期はまだ学問に取り組んだ方がいい」
「えーと…つまり簡単に言うと、食わず嫌いせずに食べてみろ、そうしたら案外美味しいかもしれない、ってこと?」
「君は賢い。私の言い分を一度で理解した」
そいつの考えは、教師特有の説教臭さはあるものの、実感としてわからなくもなかった。食わず嫌いなんてした経験はないが、初めて食べたものがとてつもなく美味かったということは良くある。
だが素直に頷けない理由もある。
「……言いたいことはわかるよ、だけどほんとにそういう気になんないんだ」
「授業に興味が持てない?」
「まあね」
「なら授業の時間は忍耐の訓練だと思えばいい。スポーツにも忍耐が必要な時があろう。それに繋がると思えば、つまらぬ教師の顔にも耐えられる」
ティーダは驚いて、大真面目な相手の顔を覗き込んだ。
「……あんた、ほんとに家庭教師? 凄いこと言ってるけど」
「私は本当に家庭教師をしているし、真面目だ」
「真面目なのは良くわかるけどさ……」
少し考えてみる。今までの相手の意見に然したる反論があるわけでもない。結局は面倒で勉強していなかっただけのことで、兄弟が心配するのも無理はないのだ。
それでも気乗りしないのは、単に向き不向きの問題か。
「……あんたの話でやる気が起きたわけじゃないけど……とりあえず、兄ちゃんや姉ちゃんが心配するから勉強するってのは、あり?」
「他人のために何かを為すのは、十分な理由だ」
やっぱり真面目腐って、伝説の教師は頷いた。
素性知れずで胡散臭いのは変わらずだが、一連の会話の中で、相手はティーダの言うことを否定しなかった。今まで出会った教師は否定が好きだった。「それは間違っている」と言われることはあっても、正しいと言われることは少なかった。ティーダとそいつは、生徒と教師というよりは、ある学生とそれよりものをいくらか知っている男というような関係で、ほとんど対等だった。
だからティーダはその男に少なからず興味を覚えた。美形の癖して、今時珍しい生真面目な男。見るからにつまらなそうな授業をしそうで、話を聞くとなんとなく面白い。
適当に相手をして帰してしまおうという気も薄れ、ティーダは言った。
「……で、あんたはオレに忍耐の勉強をさせてくれるわけ?」
「そうならないように努力するつもりだ。差し当たり、獅子戦争の英雄は酒が飲めなかったという話から入らないか?」
「いいね、それ、面白そう」
追い返そうだなんてとんでもない、教師の第一手に、ティーダはまんまと引き寄せられたのだった。
「……あ、そうだ、待った」
「どうした?」
「あんたのことはちゃんと先生って呼ぶけど、本名も教えてよ。チューター・オブ・ライトは通り名だろ? やっぱり自分の先生の名前ぐらいは知っときたいし」
すると、今までどんな話をする時にも変わらなかった表情が僅かに崩れ、不安と寂しさが顔を覗かせた。
「……わからない」
「へ? わからないって?」
「私は自分の名前がわからない。ある時目が覚めた時、私は八番街ステーションに倒れていた。私には自分に関する記憶が一切なかった。ただ、あらゆる知識だけが頭の中にあった。素性がわからない不安はあるが、せめて自分の知識を誰かの為に役立てられれば、それも薄らぐ。だからこうして生活している」
「……それ、オレなんかに言って良かったの?」
「自分にものを教える人間のことぐらい、知っておきたいだろう」
そう言った時には澄ました表情に戻っていたが、取り繕わないその様子が好い。これから何度会うことになるかはわからないけれど、少なくとも学校の授業よりずっと楽しい時間を送れそうだ。
ティーダは笑って言った。
「うん……サンキュ。よろしく、先生!」
「こちらこそ、よろしく」
伝説の教師も、そう返した。
:
:
「……だからって、こんなの納得いかねーぞ!」
小声で抗議するティーダに、隣の布団に入り込みながらフリオニールが答える。
「仕方ないだろ……お金を払わなくていい代わりに、勉強を見てもらう間は家で生活してもらうのが取り決めなんだから」
「これじゃあ、いちんち中勉強しろって圧力掛けられてるようなもんだって!」
「いいじゃないか、これを機会にみっちり見てもらえば」
「人事だと思って……それだけじゃないぞ! 姉ちゃんはどうするんだよ姉ちゃんは!」
もともと二つしかない部屋はそれぞれとても狭く、普段でさえ仕切りを開け、四枚並べて布団を敷いている。今日はぎゅうぎゅうに詰められてもう一枚布団が増えていた。言わずもがな、伝説の家庭教師の分だ。
さすがにフリオニールも口篭った。まだ帰ってきてはいないが、帰ってきたら間違いなくあの危機感のない姉は、なんの気兼ねもなく赤の他人と同じ部屋で着替えをして寝てしまうだろう。いくら三人分の防波堤があったとしても、世間的に考えてあまり好ましい状況とは言えない。
聞こえているのかいないのか、パジャマをせっせと着込んでいる男……手足の長いフリオニールのパジャマでも、まだ少し丈が足りない……に向けて、元の持ち主は実に申し訳なさそうに聞いてみた。
「あの、先生……家には姉がいるので……大変申し訳ないのですが、押入れで寝てもらえませんか?」
言ってしまってから、姉の方を押入れに入れてしまうべきだと気づく。だが言い直すより先に相手は頷いてしまった。
「問題ない。そうさせてもらおう」
こうして彼らの家の押入れに、伝説の家庭教師は住み着くことになった。
おわり