9.猫の奇跡
ぼくは走りだしていた。逃げたわけじゃない。初めて目にした命の終わりから、逃げだしたわけじゃない。
ぼくは探していた。すべてがかみさまの理由で作られている世界の法則を覆す言葉を。
不思議と、迷わなかった。まるで見えない力に引っ張られているように。ぼくは知らない道を走り、知らない場所を目指した。それはひとや猫の町が見下ろせる小さな丘、ぼくなんか想像もつかないような昔から世界を見守っている大きなおじいさんの木。
ぼくは何度も滑り落ちながら上へ上へと登った。葉っぱで守られた枝から、ふたつに分かれた曇り空色の尻尾が揺れているのが見えた。
「御使いさま!」
なんとか登りきると、ぼくは息つく間もなくその名を呼んだ。
御使いさまは枝に身を任せてすやすや眠っていた。
「御使いさま! 起きてください! 御使いさま!」
どんなに呼んでも起きてくれない。じれったくなって、ぼくはその耳に噛み付いた。
これにはさすがに参ったみたいで、御使いさまはぎゃあと叫んで目を覚まし、落っこちそうになって枝にしがみついた。
「御使いさま!」
「……猫の子か……変化はまた今度……」
「そんなんじゃない!」
むにゃむにゃ言って目を閉じようとする御使いさまの耳にまた噛りつく。
「起きて! 御使いさま、セシルを助けて! 御使いさまは、ぼくら猫の願いを叶えてくれるんでしょ? お願いだから、セシルを助けて!」
御使いさまは、片目を半開きにしてぼくを見た。
「……それは出来ない」
「どうして! 怪我は治せないの!?」
「治せないわけではない。だが、あの月猫は世界にかえり始めている。それは神の理由だ」
「まだだ! まだかえってない! まだ間に合う!」
御使いさまは目を閉じた。
「……駄目だ」
「どうして!」
「毎日、たくさんの猫が彼女と同じように死んで行く。わたしにはそのすべてを救う力はない。ならば、彼女一匹を特別扱いするわけにはいかない」
「そんなのおかしい!」
納得がいかなくて、ぼくは御使いさまに食ってかかった。
「助けられる猫がいるのに助けないだなんて、そんなのおかしい! 世界中の猫が助けられないなら、そのうちの一匹だけでも助けてよ! 御使いさまにはその力があるんだよ! 助けられる猫だけでも、助けてよ!」
「彼女を助けたことを知れば、同じ境遇の猫たちもまた、命を繋ぐために、わたしに力を求めるようになる。わたしの力は、世界の法則を覆すためにあるわけではない」
「わかってる! でもこれはセシルの願いじゃない! セシルも、クラウドもフリオニールもティーダも皆、かみさまの理由を受け入れてる。ただ、ぼくが願ってるだけなんだ! ぼくひとりのわがままなんだ! セシルに生きていてほしい! セシルが死んでしまったら、ぼくは優しい人間さえも信じられなくなってしまう……皆嫌いになってしまう! せっかく生まれたなら、あったかい気持ちをずっと持っていたい! 誰かを嫌いになって、憎しみや悲しみで心をいっぱいにしたくない!」
御使いさまはうっすらと瞼を上げて、ぼくを見つめた。むにゃむにゃ言っている間の抜けた姿が嘘に思えるほど、厳しくて、ひんやりとした、ぞくりとするような目だった。
「猫の子よ。もしもきみが、ここではないどこかで、あの月猫のように怪我を負い、死に絶えようとするならば、その時きみは思うだろう。セシルは御使いさまに助けてもらえたのに、ぼくは誰にも助けてもらえない。悔しい、恨めしい、羨ましい。ぼくが死ぬのは、御使いさまが不公平だったせいだ、と……」
その時、ぼくの背筋から頭にかけて稲妻みたいに駆け上っていったのは、とても純粋な怒りだった。
「思うもんか!」
ぼくは、叫んでいた!
「ぼくは誇り高い猫だ! 自分の生きる理由も、死ぬ理由も、決して誰かのせいにしたりなんかしない! かみさまのせいにだってしない!」
御使いさまはじっとぼくを見つめた。ぼくの心の中を隅々まで見通して、嘘のかけらを探しだそうとしているみたいだった。
でも、かまわない。ぼくの心の中に、御使いさまに見られて困るものなんてない。きれいな心も、きたない心も、全部がぼくだ。恥じることなんてなにもない。
やがて御使いさまは、ほんの少し声の調子を変えて言った。
「……では聞こう、猫の子よ。もしあの月猫を救えば、わたしは力を使い果たし、次の願いを叶える力を蓄えるために長い時を必要とすることになる。つまり、きみは人間になれない。それでもかまわないのか?」
「かまわない……ぼくは、人間になれなくてもいい」
「ひとが嫌いになったか?」
「……よくわからない。でも、人間になりたくなくなったわけじゃない。猫のぼくがいいって、思うようになったんだ。猫のまま、人間のこと、よく考えてみたい」
「人間を、赦せるか?」
「……赦せないよ。でも、セシルは恨まないって言ったんだ。その言葉の意味を、もっと、セシルに聞きたい。いつも元気で、きれいで、優しいセシルに。だから……だからお願い、御使いさま。ぼくのわがままを聞いて。セシルを助けて」
「……そうか。どうやら真実の目に、間違いはないらしい」
「え?」
御使いさまはいきなり立ち上がって、高い枝の上からぴょんと飛び降りた。ぼくは慌てて後を追った。
「御使いさま……?」
「月猫を助けるのではないのか?」
「セシルを、助けてくれるの!?」
「月猫のいのちが完全に世界にかえる前に、月の神への道を開かなければならない。だが……」
そして空を見上げて、
「今宵は満月ではない上に、雲が月を隠してしまう。かなり条件が悪いな」
「なんとかならないの!?」
「神呼びの歌い手猫がいれば、心強いのだが……」
「歌い手猫……?」
頭の中で、なにかが閃いた。
「歌い手猫はいるよ! でも、どんな歌か知らなくちゃ……」
「神に選ばれた優れた歌い手猫は、生まれながらにその旋律を知っているものだ」
「ぼく、知ってるか探して聞きに行ってくる!」
「それではわたしは、月猫のいのちを繋ぎ止めるために、彼女のところへ行っていよう。頼んだぞ、猫の子」
「わかった!」
御使いさまと丘で別れ、ぼくは石のたくさんあるあの場所に向かった。
夜猫スコールと話してみたくて、実は何度かこっそり行ってみたことがある。スコールはよく、じいさんの石が見える場所に丸まってごろごろしていた。たまに人間に追い払われることがあっても、今度は違う目立たない場所を見つけて、そこでじいさんの石を見守る。
勇気を出して話しかけようとしたのだけど、いつも思い止まってしまった。時々スコールは遠い空を見つめて、嬉しそうに首を伸ばすことがあった。そんな時、そこにはじいさんがいていろんな話をしたり喉を撫でてくれたりしているようで、なんだか邪魔をしちゃいけないような気がしたからだ。
でも今日はそんな遠慮なんかしていられなかった。ぼくがいきなり目の前に飛び出すと、スコールはものすごいびっくりして身構えた。
「スコール! お願いがあるんだ! 神呼びの歌を歌って! あ、違う、神呼びの歌を知ってる?」
スコールは警戒の構えを崩さずに、
「……お前は、誰だ……?」
そうだった。ぼくは一度もスコールと挨拶したことがないんだった。
「ぼく、ぼくは、たまねぎ」
「たまねぎ……?」
「名前! バッツやジタンの友達だ」
「あいつらの……」
緊張を解いたスコールに、ぼくは改めて言った。
「スコール、いきなり会ったぼくにこんなこと言われて戸惑うと思うけど、ぼくの大事な仲間が大怪我を負って、世界にかえろうとしてるんだ。でもぼくは、どうしてもその猫に死んでほしくない。わかってるよ、皆かみさまの理由で世界に帰るんだってこと。だけどぼくは信じてるんだ。セシルは……ぼくの大事な猫だけど……セシルはまだ世界にかえらないで、たくさんの猫に幸せをくれる猫だって。ぼくは信じたいんだ。ぼくらが望む時に、奇跡はちゃんと存在するものなんだって」
「きせき……?」
「悲しみがひっくり返って、幸せに変わること」
ふと、ぼくは考えた。もし……もし、スコールが、そんな奇跡があるならなんで、じいさんを助けてくれなかったんだろうって思ったりしたら……
でもスコールはそんなこと少しも口にしなかった。きれいな空色の目でじっとぼくを見て、
「おれに、なにか手伝いが出来るのか?」
「猫の奇跡は御使いさまが起こしてくれる。そのために、歌い手猫の神呼びの歌が必要なんだって。あ、ほんとはなくても大丈夫なんだけど、今日は満月じゃないし、曇ってるから、御使いさまの力だけじゃ大変なんだって。それでその神呼びの歌っていうのが、かみさまに選ばれた猫なら生まれた時から知ってるはずの歌らしいんだけど……心当たり、ある?」
スコールは首を傾げて、記憶を探りながら言った。
「……いつ覚えたのかわからない……不思議な旋律が、頭に浮かぶことがある……でも、それが神呼びの歌かどうか……」
「どんな歌!?」
「こういう……」
ほんのさわりだけ口ずさんでもらっただけなのに、全身の毛が逆立つようなぞくぞくした感じに包まれた。だけどそのぞくぞくの中で、溶けていってしまいそうな心地良さがある。
これだ、間違いない! ぼくは確信して、いつまでも聞いていたい気持ちを我慢して言った。
「絶対それだ! 間違いないよ! お願い、それ、歌って! お願い!」
「……歌うのは別にかまわない、だが……」
「だが、何? 早く言って!」
「だが……この歌は、おれだけでは完成しない」
「どういうこと!?」
嫌な予感がした。
「おれがひとつの節を歌ったら、いちいち、百匹の猫が揃って復唱しなければならないんだ……」
くらくらした。猫、猫、それも百匹の猫! ぼくの知ってる猫全部合わせても、バッツにジタン、クラウド、フリオニール、ティーダ、それにぼくで六匹にしかならない。
でも今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「わかった、百匹だね」
「……集められるのか?」
「集める! 絶対に集める! だからスコールは歌う準備してて」
「それじゃあ……猫集会場の滑り台の上で、待ってる」
「うん、ありがとう!」
じいさんの石の傍で今度はスコールと別れてから、ぼくはがむしゃらに走り回って、見かけた猫に片っ端から声をかけた。お願いだから、仲間を助けてって。驚いたことに声をかけた猫は、ぼくを知らない猫もセシルを知らない猫も皆、いいよって言って集会場に行ってくれた。相手のことに無関心だと思われてるぼくら猫だけど、本当は仲間想いなんだってわかってちょっと感動した。
だけど今日は曇り空、出歩いている猫も少ない。百匹を集めるなんて、とんでもない話だった。
十匹を超えた辺りで、ぼくは途方に暮れて立ち止まった。この辺りは探しつくしてしまった。こうなったら今まで行ったことのない遠く離れたほうまで行ってみるしかないけど、旅慣れないぼくがそんなことしている合間に時間が過ぎて、セシルのいのちは完全に世界のものになってしまう。どうしよう、どうしたら!
頭の中がぐるぐるして一歩も動けなくなってしまったぼくは、突然降って来た聞き覚えのある声にはっと振り返った。
「猫集会の時の、子猫ではないか。こんなところで何をしている」
傍にある立派なお屋敷の門の上に、猫集会の時、セシルの悪口でクラウドをいじめた澄まし猫が澄ました顔して座っていた。ぼくはあんまりそいつが好きじゃなかった。当然だ。
だけど今のぼくは、かみさまを見つけたみたいな気持ちになって一気に喋ってしまった。
「セシルが死にそうなんだ! 御使いさまの力で助けてもらうために神呼びの歌っていうのを歌わなくちゃいけなくて、それには百匹の猫の協力がいるんだ。だから集会場に集まってもらってるんだけど、でも、まだ十匹ぐらいしか集められなくて……」
「なんだと?」
てっきり知らんぷりするかと思った澄まし猫は、ぼくのほうにぐいっと首を伸ばして(でも高いところからは下りようとしないで)聞いてきた。
「なぜそんなことになったのだ」
「人間に、叩かれて……」
「おろかな人間の分際で、我ら誇り高き猫を傷つけるとは、許しがたい暴挙だ。実に許しがたい」
難しい言葉をつらつら並べた澄まし猫は、大きく息を吸い込むと、空に向かって鳴いた。するとどこからか、よく響くその声に答えるように何匹かの猫の声が聞こえた。またそれに答えるように何匹かの猫の声。そうしてだんだん繋がっていって、どんどん遠のいていって、やがて聞こえなくなった。
ぼくは恐る恐る聞いた。
「……今の、なに?」
「猫ネットワークを使った。こうすれば、いちいち声をかけて回らなくても付近の猫には全て連絡がつく。至急集会場に召集をかけた。おそらく百匹など軽く超える頭数が集まるだろう」
澄まし猫は、つんと偉そうな顔して答えた。
なんてことだ! 助けてくれるなんて思いもしなかった。いや、集会場に来てくれることぐらいはするかもしれないと思ったけど、まさか他の猫の呼びかけまでしてくれるだなんて!
「セシルのこと……嫌いなんじゃなかったの?」
ぼくは思わず聞いてしまった。澄まし猫は、思わず後ずさりしてしまいそうな鋭い目でぼくをびしりと見下ろして、
「わたしはそんなことを言った覚えはないし、同胞の死をわざわざ望む猫がいるものか。ただ、あのようなみすぼらしい毛並みでは貰い手がいないだろうと言っただけだ。あの女猫は、毛艶は甚だ悪いが、器量はまあ悪くはない。どうせこのまま貰い手は見つからないだろうからな。仕方ない、わたしが直々に娶ってやろうかと思っていたところだった」
「なあんだ……」
ぼくはほっとして言った。
「ただセシルが好きなだけじゃないの。だったら最初っからクラウドに言えばいいじゃない、セシルをお嫁にくださいって」
「なにを勘違いしている。嫁に貰うのではない、嫁に貰ってやるのだ」
「はいはい、そうしておこ。じゃあ本当にありがとう、ぼくは行くね。セシルはきっと助かるよ。そうしたら、結婚の申し込み、うまく行くといいね」
「だから違うと言っている!」
澄まし猫があれこれ叫んでいるのをそのままに、ぼくはまた走った。これで神呼びの歌のほうは大丈夫だ。きっとスコールがうまくやってくれるもの。
すっかり空も暗くなったころ、ぼくはあの悲しみの場所に戻ってきた。先に到着していた御使いさまは、動かないセシルの傍らに座って、じっと目を閉じて気持ちを集中させていた。
その周りをおろおろと歩き回っていたティーダが、ぼくを見つけて駆け寄ってくる。
「た、たまねぎ! これ、どういうことなんだ……?」
「御使いさまがセシルを助けてくれるんだよ」
「姉ちゃんを……? どうして……?」
「ぼくが、セシルにいなくなってほしくないんだ。もっとたくさんのことを教えてほしいんだ。だからお願いしたんだ。勝手なことしてごめん。でもどうしても、生きていてほしいんだ」
言葉に詰まって何も言えなくなってしまったティーダの代わりに、クラウドがそっと歩み寄ってきて言った。
「……お前の願いごとは、叶わなくなってしまうんじゃないのか?」
「ぼくの一番のお願いごとをしたんだよ。だからそんな顔しないで」
「たまねぎ……ありがとう……」
「ありがとうはまだだよ。まだこれからだ!」
まるでぼくが言うのを合図にしたみたいに、神呼びの歌が始まった。集会場はここからだいぶ離れているのに、なにか見えないものに助けられてるようにスコールの声はよく届いた。心の奥まで揺さぶられながら、あったかいものに抱きしめられてうとうとする気持ち。
ふと声が途切れた。かと思うと今度は、たくさんの猫の声が一斉に流れてきた。それは本当にすごい音だった。雨の日の川に飲み込まれたみたいに歌声がぼくを滅茶苦茶にして、ぼくの肌をぴりぴり震わせて、頭の中をがんがんさせた。
また、スコール。どんな言葉で歌っているのかよくわからないけど、とてもせつない響きだった。お空にいるかみさまを求めて、求めて、届かない距離を悲しんで、だけど諦めきれない……そんなような。
そして今度は百匹の合唱。さっきはうるさかった音が不思議とだんだん揃いだして、スコール一匹で歌った時のようなせつなさがじんわりとぼくを包んだ。百匹もの猫が心を合わせて、お空に向かってただひたすらかみさまを求めてる。こんなにせつない響きが聞こえたら、もしもぼくがかみさまだったら、とても振り返らずにはいられない。
あっ、と誰かが息を飲んだ。場所の雰囲気ががらりと変わったのだ。突然なにかに囲われたみたいに風の流れがなくなって、冬の朝一番みたいに空気が透き通っていく。厳しいほど澄み切ったその囲いの中は、吸い込むと喉がひゅって詰まりそう。呼吸をすることさえためらってしまうほど、そこはとても……ホーリーな空間だった。
うつむいて目を閉じていた御使いさまの曇り色の毛皮が、少しずつ、少しずつ、お星さまが落ちてきたみたいに光り始めた。光は一筋になって、空へ空へと昇っていった。すると待ち構えてたように雲が切れて、夜色の空が見えた。
歌声がさらに大きくなった。さっきまでは遠くから聞こえてきていた声が、まるで自分の耳元目掛けて飛んでくるように感じた。閉じられた空間にこだまして、歌は胸の音を巻き込んでどんどん加速していく。かみさま、かみさま。右から、左から。上から、下から。前から、後ろから。大合唱は繰り返す。かみさま、かみさま!
目を開けていられないくらいに眩しさを増した御使いさまの光は、切れ間を突き抜けて空まで届いた。そして、それに応じるように……やさしいお月さまの光が雲の切れ間から差し込んで、きらきらした雨になってセシルに降り注いでいった。光の雨はその毛皮を汚す血を洗い流し、傷口をふさいでいく。それだけじゃない。雨風に晒され、ぱさぱさになっていた毛皮の土ぼこりさえ落として、きれいで、つやつやで、ふわふわした月色の毛並みがよみがえっていった。
目が離せない。ためいきをついてしまいそうな夢のような光景だった。それは猫の想いがひとつになって、かみさまが世界の法則を覆すわがままを受け入れてくれた瞬間。
臥せっていたセシルの目が、ゆっくり、ゆっくり開いて、世界を見た。子猫のようにぎこちなく前足が地面を踏みしめ、少しずつ体が起き上がっていく。後ろ足を折って座って、何が起こったのかわからないというように自分の体を見回したセシルは、ふとある一点を見つめた。
そこにはフリオニールがいて、ずっとセシルに寄り添っていた、いつものように。だけど自分で立ち上がることさえ難しかったフリオニールは、前足をぴんと伸ばして座っていた。そして、今さっきセシルがそうしたように、ゆっくり、ゆっくりと、瞼を開いた。
生まれて初めて世界を見る澄んだ目がセシルを見つめた。セシルもそうした。
見つめあう二匹の猫は、目を細めて、どちらからともなく頬を摺り寄せた。まるでかみさまがそこにいるみたいに、気高くて、やさしくて、きれいな……それが、猫の奇跡だった。