領域を駆け抜け辿り着いた先、無事の姿を見つけて、心の底から安堵した。
「生きてるよ!」
オニオンナイトはおかしそうに笑う。生きている、でも無事じゃない。あちこち傷を負って、それをセシルに手当されている。
ほんのささやかだけれど、セシルは癒やしの力を持っていて、仲間たちの怪我を治してくれることがあった。深い傷は無理だ。だから腕についた剣の傷は、マントを破いた即席の包帯できつく止血をしている最中だった。
「だ、大丈夫か? 痛い? 痛いに決まってるよな、ごめん」
まるで自分のことのように、ティーダがおろおろしている。境界が消えるのを八番目との境で待ち構えていた後ろから、一心不乱に駆けてきた。小さなオニオンを心配する気持ちはみんな同じだが、離れている分、ティーダの不安は大きいのだろう。
「痛いけど、言ったってどうにもならないでしょ」
「……オレが代わってやれたら」
「もう、やめてよね、その議論。僕だってちゃんと戦えるんだから」
頬を膨らませてうそぶいてから、オニオンナイトは溜息をついた。
「……ううん、ちゃんとじゃない。今日もたくさん四番目に逃がしちゃった。フリオニールはそんなこと絶対になかったのに。セシル、ごめんね」
「どうして? 君の戦いを助けられてうれしいよ」
「でもさあ、僕がもうちょっとうまくやれてたら……目の前の強い敵に気を取られて、走り抜けていくやつに気づかなかったんだ。ああいうとき、フリオニールだったら、どうしただろう。フリオニールみたいになれたらいいのに」
力尽きて別れを迎えた彼の名を呼びにくくて、仲間たちはその思い出を避ける傾向にあった。今もなお語るのは、オニオンナイトくらいのものだ。
なんと答えていいものか、ティーダと二人、戸惑っていると、手当てを終えた傷の上にそっと手のひらを重ねて、セシルが言った。
「彼は立派な戦士だったけれど、オニオン、彼みたいになってはいけないよ」
「ど、どうして?」
「どんなに強くたって、フリオニールは死んでしまった。君はそうなってはいけない」
厳しい言葉だ。たぶん、フリオニールを慕っていたオニオンが一番聞きたくない言葉だったろう。しかし、その想いを察したティーダが先んじて反発したものだから、本人はすっかり毒気を抜かれてしまって、彼には珍しく気を遣って返した。
「じゃ、じゃあ、セシルを目標にしようかな。強くて、やさしくて、ほんとにナイトって感じだもんね」
「僕は駄目だよ」
「どうして?」
立ち上がったセシルは、仲間たちを見下ろして微笑んだ。空には強い光はなく、影はどれもぼやけて薄い。なのにきれいなセシルの横顔は、やけに翳って見えた。
「……ティーダがいい。ティーダを目指してみたら?」
「ええ、ティーダじゃちょっとなぁ」
「その流れで貶されるのまじむかつく」
「貶してるわけじゃないけど」
会話の流れが変わったのを見計らい、セシルは踵を返して遠ざかって行った。一人になりたいのか、それとも子ども達の相手に飽きたのか。いろいろな仲間がいるけれど、未だ掴みきれない。もしかしたら、彼の心が一番難しいかもしれない。
ただ、ティーダの名前を挙げた理由だけは、なんとなくわかる気がした。十番目のティーダ、最後の砦。彼だけは、命を捨ててはならない。生きて守らなければならない。守るためだと死を受け入れてはならない。だからこそ、そこに一縷の望みをかける。いつか訪れる絶望の予感を抱きながら、それでも命を繋ぎたい……最後に立つのが自分ではなくとも。
おわり