カオスには、戦闘と前進というふたつの本能が備わっていた。何故とは問わない。この世界に生まれ落ちた瞬間に、カオスとはそういうものだった。
一番目は、最初にして最大の難所だった。ウォーリア・オブ・ライトは女神の盾として、幾度もカオスの進撃を阻んできた。カオスの本能が戦闘と前進であるのなら、ウォーリア・オブ・ライトの本能は守護であった。彼が何を守るのかと言えば、それは後に続く仲間達であり、その後ろにある神の存在だった。
神を守り、神の為に戦う十人の戦士。何故とは問わない。目覚めた瞬間から、彼らはその宿命を感じ、受け入れていた。受け入れざるを得なかった。どんなに拒み、逃げようとしても、境界は彼らを閉じ込め、その地に繋ぎとめ、戦わせた。前進本能に突き動かされ、イミテーションを伴ってやってくるカオスを相手に。
だが、枷のようなその境界に、カオスもまた行く手を阻まれるのだ。イミテーションは境界をすり抜けて進んでゆくことができるのに、カオスは、その領域を守る戦士の死がなければ次の境界を越えることができない。いわば、カオスの戦闘本能はその為にあるものだった。
セオリーに従うならば、カオスはウォーリア・オブ・ライトと戦わなければならなかった。しかし、カオスはそれを選ばなかった。いや、選んではならない。かれは、ふたつの本能よりも遥かに勝る使命を自らに課していたから。
一番目の境界に踏み込み、ウォーリア・オブ・ライトの存在を知覚した瞬間に、かれは激しい戦闘欲求と吸引力を感じた。戦いたい。戦ってその命を制したい。守護の戦士に刃を突き立て、骸を踏み潰す。鳥が虫を啄ばみ、悪魔が血を啜るように。ああ、なんて甘美なヴィジョン!
その本能に逆らうことは、身を裂くような苦しみをかれに与えた。かれは胸を掻き毟ってそれに耐えながら、ウォーリア・オブ・ライトを無視した。もちろん、ウォーリア・オブ・ライトはかれの前進を許さなかった。カオスはその攻撃を避け、時に浴びながら、一目散に一番目の領域を駆け抜けた。
追いかけるウォーリア・オブ・ライトに、何百というイミテーション達が群がる。守護の戦士はそれらを剣で薙ぎ払いながら、どんなときも動じることのなかった冷静な面立ちに、足止めされる苛立ちと焦りを浮かべていた。
イミテーション程度の攻撃では、ウォーリア・オブ・ライトに傷をつけることがあったとしても、命を奪うことまではできまい。それでいい。その足を止めることさえできれば十分なのだ。
何故ならカオスは、戦ってはならないだけではなく、死ぬことも許されない。かれは、ウォーリア・オブ・ライトが剣を振るえば間違いなく自分の命が尽きることを知っていた。尽きてはならない、使命を果たすまでは。
やがてカオスは二番目の境界までやってきた。ウォーリア・オブ・ライトの生存により、境界はかたく閉ざされている。その白く光るさまは、全てを拒む清浄な光の如き身勝手さを湛えていた。
カオスは、ごつごつとした両手を伸ばし、境界に触れた。途端にかれを襲ったのは、頭の中が狂いだしてしまいそうなほどの容赦ない痛みだった。身体中、鱗に覆われた皮膚のあちこちが裂けて、血が噴き出すのを感じた。逃れられるのならば何を捨ててもいいと思えるような苦痛。
しかし、かれは力任せに境界を押し続けた。そのような物理的な力で神の境界をどうにかできるかはわからないが、それができなければ、かれは手を失って、ウォーリア・オブ・ライトに殺されるのを待つしか方法がなかった。
果たして、かれの力は境界の力を上回った。想いの強さだけ、無慈悲な神を上回ることができたのかもしれない。
呆然と佇むのはウォーリア・オブ・ライトの方だった。彼にはカオスの意図がわからない。幾度と戦い、カオスが彼を見逃すことなどあり得なかった。いつでもカオスは、彼を殺すことに固執してきたからだ。
彼を殺せば境界も消える。美味しい獲物を素通りして、身を刻まれながら境界を破ることに力を尽くす意味が見出せないのだ。
いいや、彼を混乱させたのは、もしかしたらもっと違う理由かもしれない。幾度と、いつでも。そんな言葉が次々と湧いてくる自分の記憶の曖昧さに、鉄の理性が揺らいでいたのだ。
その疑問を投げかけることは、カオスの使命のひとつだった。かれは、ウォーリア・オブ・ライトに、誰よりも気づいてほしかった。
そして、二番目のフリオニール。彼は、守護の本能を持つウォーリア・オブ・ライトとは対照的に、攻撃の本能を持つ戦士だった。フリオニールもまた、境界を越えたカオスの後ろに立ち尽くすウォーリア・オブ・ライトの姿を見て、信じられないというように目を剥いた。
それでも、攻撃の手を緩めることはしない。仲間の為に決然と敵に立ち向かう。いつもそうだった。フリオニールは、いつでもそうだった。
カオスによって突破された二番目の境界は、ウォーリア・オブ・ライトの侵入をも許した。彼を一番目に縛りつける力は働かなかった。それは、彼らが心の底から望みながら、これまでの戦いの中で一度たりとも許されなかったことだった。
その結果カオスは、ただでさえ戦闘能力の高いフリオニールと、追ってきたウォーリア・オブ・ライトのふたりを相手にしなければならなくなった。
かれは既に、境界を突破するだけで、ひどく傷ついていた。それでも歩みを止めるわけにはいかない。イミテーションを援護につけながら、必死に三番目を目指した。ウォーリア・オブ・ライトの剣が背中を掠り、フリオニールの弓が腿を貫いても、足を引きずりながら歩き続けた。
そうしてまた、自らの痛みと引き換えに三番目の境界を破った。フリオニールが悲鳴を上げた。
三番目、四番目と、カオスは進んでいった。本当に、つらかった。一歩進むごとに痛みは増して、もうここで倒れてしまいたいと何度も思わされた。使命も何もかもが綺麗ごとに思えた。泣き喚いて許しを請いたかった。
しかし、カオスには真実を語る声がない。取り戻すことができるのは、死の瞬間だけ。今、口を開けば、言葉にならない唸りや、心にもない嘲りや暴言ばかり出てくるだろう。だからかれは泣かなかった。
かれを守るイミテーションはほとんど残っていなかった。かれの背中には傷ばかり増えた。「お前に殺された仲間の仇」と、それ自体に矛盾を孕んだ言葉とともに、剣は振り下ろされた。
その背中の傷が途絶えたのは、五番目に足を踏み込んでからだ。五番目のバッツは剣をだらりとぶら下げて、カオスの歩みをじっと見つめていた。そして、後から駆けつけた仲間達がそれぞれ攻撃を加えようとするのを手を上げて制した。
「カオスの行動の意味がわからない。少し様子を見ようぜ」
フリオニールが肩をいからせて抗議した。
「何言ってるんだ! このまま行かせたら、神の場所まで侵入されるかもしれないんだぞ!」
「落ち着けよ、カオスのあの状態を見ろ。満身創痍じゃないか。あれならおれひとりだって倒せる。ましてや、こうして皆が揃った状態なら、負けるはずがない」
「なら今すぐ、止めを刺すべきだ!」
「カオスの不可解な行動が何を意味するのか、見届けてからだって遅くないだろ」
「でも……!」
わかっている。フリオニールが何故そんなに反対するのか。カオスという最悪の駒をこれ以上進めたくない。この先の仲間のところまで行かせたくない。それは誰の心にもある、同じ想いだ。だけれど同時に彼らは、カオスの今までにない行動に戸惑い、そしてその「今まで」を感じさせる、見えない記憶に戸惑っていた。その先にある答えを知りたいとも思い始めていた。
「フリオニール」
四番目のセシルが、フリオニールの肩に手を置いた。
「君の気持ちはよくわかるよ、みんな同じ思いでいるからね。でも、バッツの言うことにも一理ある。何故なら僕達はさっきから、奇妙な感覚に悩まされている。経験したことのないはずの何かと今を比較して、今が不可解だと感じている。君もそうだろう? フリオニール」
「それは……」
「その理由を僕は知りたい。だからこうしよう、もしもカオスが進んだ先で、誰かを傷つける素振りを見せたら、僕が命に代えてもその場でカオスを倒す」
フリオニールは、弱々しく頭を振った。
「……セシルがやる前に、俺がやってるよ」
「ああ……そうかもしれないね」
項垂れるフリオニールを気遣うように見上げ、その腕に軽く触れて、オニオンナイトが言った。
「ねえ、フリオニール。カオスは僕を殺さなかったでしょ? こんなこと認めるのは悔しいけど……腕をひと振りするだけで簡単に殺せる、ちっぽけな僕を殺さなかった。だから、僕らを殺すより大事な何かがあるんだよ。僕らにああして背中を見せて、傷つけられても、進み続けないとならない何かが」
「何かって、何だ……?」
「そんなのまだわかるはずないよ。でも、クラウドなら考えつくかもしれない」
フリオニールの眼差しが、小さなオニオンナイトに向けられた。
「クラウドなら……」
「そうだよ。だからせめて七番目に着くまで、僕らは後をついてこうよ。それで、どうしたらいいか決めよう。カオスがせっかくこうして境界を壊してくれてるんだからさ」
仲間達からリーダーに祭り上げられて迷惑そうな素振りを見せていた、年長のクラウド。それとは裏腹に、彼の言動はいつでも仲間達を気遣い、仲間達の存在に責任を感じていた。そんな彼を誰もが信頼した。
クラウドが考え、指示を出す。彼のいたらないところをセシルがさりげなくフォローする。陰からバッツが全体に気を配る。そして、ウォーリア・オブ・ライトが心の支えになる……それが、彼らが一番うまくいく仕組みだった。
フリオニールも、その信頼には頷かずにはいられなかった。彼にとってぎりぎりの妥協で、言った。
「……わかったよ、クラウドの考えを聞いて、判断しよう」 セシルとバッツが目を見合わせて、ほっと息をついた。
六番目でティナを連れて、七番目の境界に入った。剣を構えたクラウドは、すぐには斬りかかろうとしなかった。一目でカオスに戦意がないことを見抜いたのかもしれない。 無理もない。こんなに傷ついて、歩みさえ覚束ない姿など、彼らが憎み、恐れる悪の王の姿に一致しない。
続けてやって来た仲間達に、クラウドは問いかけた。
「これは……どういうことなんだ?」
「わからない。カオスは戦おうとしない。ただ、境界を破って先に進もうとするだけなんだ。今までと……今までと違って」
「今まで……?」
セシルの曖昧な言い回しに首を傾げると、クラウドは仲間達の後ろに佇むウォーリア・オブ・ライトに目を向けた。つられて、みなの視線も彼に集まる。
ウォーリア・オブ・ライトは口元に手を当てて、じっと考え込んでいた。その瞳は、見えない記憶を手繰ろうと右に、左に揺れていた。確かに、彼は、何かを思い出そうとしていた。
「……このまま、追おう」
滅多に発言しないウォーリア・オブ・ライトの重々しい言葉は、彼らに決断を促した。クラウドが剣を収めると、フリオニールはもう反対しなかった。
八番目でスコールと、九番目でジタンと合流した。ジタンは、巡礼者のように厳かに進む彼らの列にそっと混じり、小声で呟いた。
「なんとなく……そんな予感がしてたんだ」
そんな予感という言葉が何を指し示すのか、聞き返した者はいなかった。しかしそのころにはもう、誰もが薄々感づいていた。
もうすぐ、何かが変わるということを。
十番目に辿り着いたとき、カオスはもうぼろぼろだった。
一番目から、十番目。かれの歩いた長い道程には、足跡の代わりに点々と赤い血の跡が残った。かれは傷を負い、血を流しすぎた。十の境界を破る為に力を尽くし、疲れ果てていた。
もう視界もあまり利かない。膝ががくがく震えて、今にも崩れ落ちてしまいそう。だけれどここまでくれば、きっと彼らは、自らの力で未来を作ることができる。
フリオニールが一歩進み出て、がらんとした十番目の領域を見回した。
「……ティーダは? ティーダはどこにいるんだ?」
十番目は一番神に近い、奥まった領域だった。誰の目にも触れずに姿を眩ますことはできないし、この世界には身を隠す場所がない。こうして見回して、目的のものを見つけられないはずがなかった。全ての境界が破られ、遮るもののない今となっては、尚更。
とうとうカオスが本性を現しティーダを傷つけたのではないか。堪え切れずに武器を構えるフリオニールを押し止め、バッツはカオスの後姿を見つめた。どこかしらニヒルな部分を持つ彼が、痛ましげに目を細めて。
「……こうまでして、お前がおれ達に伝えようとしたことは、なんなんだ?」
ある者はその言葉に怪訝な顔をし、ある者は目を伏せた。だが程度の違いはあれども、少しずつ、彼らは気づき始めていた。
「何かおれ達が知らなきゃならないことがあるんだろ? なあ……ティーダ」
カオスはゆっくりと、彼らの方に振り向いた。硬くざらついた鱗に覆われた巨体、人とも思えぬ異形の姿。彼らの記憶にある十番目の戦士とは似ても似つかない。
それでも、バッツの口調に迷いはない。
「おれはごまかされないぞ。足を引き摺っていたって、怪我をして体を丸めていたって、あれはティーダの歩き方だよ」
隣に立つフリオニールが、目を瞬かせて、バッツを見、カオスを見た。
「まさか……」
彼のその呟きには、信じられない、ではなく、信じたくないという響きが込められていた。
「この世界には俺達しかいなかった。一番目の向こう、カオスの大地には誰かいるのかもしれないが……あの腐った土地にまともな生き物が暮らしているとは思えない。それに、俺達はティーダの死の気配を感じていない。ティーダは俺達の目を欺いて十番目から抜け出すことはできない。それならば、このカオスは、姿を見せないティーダ以外にありえない」
クラウドも、確信に近いものを持っているうちのひとりだった。彼の場合はバッツのような観察ではなく、状況をひとつずつ組み立てた先の推論だったけれど、それは限りなく真実のように彼らの耳に届いた。
「でも、ティーダが……どうして……俺には、ティーダが笑って話しかけてきた記憶がある。ティーダの気配を十番目に感じながら、カオスと戦った記憶……も……」
そこまで言って、フリオニールは息を呑んだ。
そうだ、カオスと戦った記憶がある。誰もが持っている。そして。
「わたし……」
切なくなるような声で、ティナが言った。
「なんとなく、思い出した。わたし、みんなを何度も殺した。とても悲しかった。だけれど抗えなかったの。何度もここまで来た。そして絶望した。何も変わらなかった。またはじめに戻されただけ」
「ティナ……」
オニオンナイトが、小さな手で、少女の細い指先を握り締めた。
「苦しかった。わたしはまた、何度も何度も皆を殺した。ウォーリア・オブ・ライトがわたしを殺してくれるときがあって、ほんとうに嬉しかった。だけれど気づくと、また一番目の外にいるの。そして、みんなを殺すだけの一生が始まる」
「そうだ、何度も繰り返されてきた。そして私は何度も見た。そこに……そこに……」
ウォーリア・オブ・ライトが指差したのは、佇むカオスの向こう、神のいるべき玉座だった。
「そこに、神などいないことを」
その事実は、少なからず彼らを動揺させた。ティナや、ウォーリア・オブ・ライトのように完全に記憶を取り戻した者ばかりではなかったし、何より、十番目まで進軍し、神の真実を知ることができたのは、ほんの一握りの仲間だけだった。
だから、今の今まで、彼らは自分の戦う理由を、神のためだと……神が望むから仕方がないのだと、そう、思っていた。
苦悩する彼らを助けてやりたいのに、カオスにはもう、その力は残されていなかった。
かれは焦っていた。命を振り絞ってここまでやってきた。このまま死んでしまえば、やり直しになってしまうかもしれない。せっかく辿り着いた真実も、また、忘れられてしまう。
もう立っていられない。その場に崩れ落ちながら、かれは仲間達に向けて手を伸ばした。死にたくない。世界が変わるまで。もう誰も、つらい思いをしなくていいように。
動き出すことのできない仲間達の中で、一番小さなオニオンナイトが、震えながらカオスに近づいた。しゃがんで、恐る恐るその手を握りしめる。カオスの手は、大切な何かに触れるように、やさしく握り返した。
「駄目だよ……」
オニオンナイトは言った。
「ティーダは……こんな姿になってまで僕達に真実を教えてくれたんだ。どうしてとか考えてる場合じゃない。僕はもう、こんな戦いは嫌だ。神様がいないなら、僕達が決めればいい。世界を変えよう! みんなで、抜け出そう!」
そのとき、オニオンナイトの胸の辺りが突如として熱を持ち、眩く輝きだした。光がゆっくりと彼から抜け出し、彼の目の高さまで浮かび上がる。あの境界のように冷たい色ではない、すべてを受け入れるあたたかな光は、仲間達の奥深くに新たな感情をもたらした。今までそこにあったのに誰も振り返らなかった、忘れられた感情を。
「そうだ……そうだな、オレ達で世界を変えよう!」
飛ぶように駆け寄ったジタンが、カオスのもう一方の手を握りしめた。九番目のジタンと十番目のティーダはいつも仲が良かった。最後のふたつ、寂しさを慰め合って。
「でも、どうすりゃいい? 繰り返される一生のうちで、オレ達に変化がなかったわけじゃなかった。でもそれは些細なことばっかりで、結局結果は同じになっちまった。こうして真実を知ったことで、世界は変わったのか?」
「……いや、まだだろう。もしも変わったのなら、カオスは消えるはずだ」
振り返るジタンの眼差しには、非難の色が浮かんでいる。睨みつけられ言い淀むクラウドの代わりに、セシルが微笑んで答えた。
「カオスが消えて、ティーダが戻ってくるはずだよ。僕達がそう望む限り」
「……ああ、望むに決まってら」
腕を組んで考えを巡らせながら、バッツが言った。
「鍵になるのは、時間、かもしれないな」
「時間?」
「何度も同じことを繰り返すしかないということは、先に進めないってことだろ? 境界が領域を区切っていたように、おれ達は停滞した時間に閉じ込められて、未来に進もうにも進めない状態に陥ってるんじゃないか?」
バッツは指を立てて続けた。
「たとえば、だ。おれ達は睡眠という言葉を知ってる。だが戦いの間、おれ達は眠ったことがあったか? 食事という言葉を知ってる。だけど食欲なんて感じたことがなかった。当然だ、時間が流れてないんだからな。おれ達はそのことに疑問を抱きもしなかった。眠らない、食わないじゃ、まるきり生きてないのと同じだ」
「なら、どうするんだ?」
「時間の流れを作る」
「どうやって?」
「今それを考えてるんだ。聞いてばかりじゃなくて、お前も考えろよ」
そのとき、今まで一言も口を開かなかったスコールが、ぽつりと呟いた。
「もし……俺のこの記憶が、間違いでないのなら」
彼は、延々と広がる曇り空を見上げていた。
「空には、いつも太陽があった」
「太陽……」
「東から昇り、西へ沈む。朝が来て、夜が来た。雨が降っても、雲が空を覆っても、必ず太陽が戻ってきた」
「ああ……それだ、そいつだ!」
「だが、それがわかったとしても、どうやって太陽を呼び起こす?」
クラウドの言葉にそれぞれが考え込む中で、オニオンナイトは、胸から出でた、きらめく光をじっと見つめていた。光は静かに瞬いている。思うがままに。きみの信じるがままにと促す慈悲深さで。
オニオンナイトは勇気を出して、もう一方の手で光に触れた。それひとつではまっだ小さく、まだ弱い。だがもしかしたら。十の力が合わされば、もしかしたら。
「太陽を、作ろう」
光から目を逸らさず、オニオンナイトは言った。
「皆の力を集めて……僕達の力で、太陽を作ろうよ」
オニオンナイトの言葉に真っ先に頷いたのはジタンだった。彼が目を閉じ、信じ、強く願うと、あたたかな光が胸から生まれた。
彼に続いて、仲間達は次々と自らの光を作り出していった。それはひとりひとり少しずつ違う色をしていて、揃って輝くさまは、虹のようにうつくしかった。
「オレ達の力で、世界を変えよう」
ジタンが言った。
「戦いは、もう終わりだ。自由を!」
それを合図に、光は彼らの手を離れ、真っ直ぐに昇っていった。仲間の手をそっと解き、カオスも、空へ向けて腕を伸ばした。かれの胸で生まれた光は、腕を伝って、九の光を追いかけていった。
やがてそれはひとつの光になった。
そうして、時間は流れはじめた。
嘘のように雲は散っていった。
風が吹き始めた。
大地が芽吹いた。
あおぞら。
死に絶えた地に、花が咲く。
どこからか、せせらぎの音が聞こえる。
太陽の光はどこまでもあたたかく、眩しい。
同じ名を持つかれのように。
開かれた世界の息吹を感じながら、
彼らはしばし、空を見上げていた。
希望に輝く二十の瞳で、空を見上げていた。
おわり